教室の概要

はじめに

世界銀行とWHOは2016年4月に国際精神保健に関する初めての会議を開催し、精神保健が今後の世界の重要課題となることを結論しました。国連の持続可能な開発目標(2015)にも、またわが国の外務省「平和と健康のための基本方針」や、厚生労働省保健医療2030にも精神保健が重要な保健医療課題であることが明記されています。当教室は、心の健康に関する学術の教育・研究を、幅広い視野と国際性をもって推進することを使命としています。

本教室は、精神保健学分野および精神看護学分野という2つのチームから構成されています。大学院組織としては、精神保健学分野は公共健康医学専攻(専門職学位課程)および健康科学・看護学専攻(博士後期課程)に所属し、精神看護学分野は健康科学・看護学専攻(修士課程および博士後期課程)に所属しています。これら2つの分野はその視点がいくらか異なりますが、共通する課題や方法論も多く、密接に協働しています。

教室の歴史

東京大学医学部健康総合科学科精神衛生・看護学教室は、50年以上の歴史を持ち、精神保健学・精神看護学領域のさまざまな人材を輩出してきました。その前身は1957(昭和32)年に医学部衛生看護学科に開設された臨床医学看護学第四講座です。その後、1965(昭和40)年に衛生看護学科から保健学科に改組されたことに伴い東京大学医学部保健学科精神衛生学教室となり、1992(平成4)年4月に保健学科が健康科学・看護学科に移行すると同時に精神衛生・看護学教室となりました。1996(平成8)年4月に大学院重点化構想に基づく大学院講座制への移行に伴い、精神衛生・看護学教室は組織上、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻健康科学講座精神保健学分野および看護学講座精神看護学分野の2つの分野となり、現在に至っています。

精神保健学について

精神保健学分野では、公衆衛生の精神保健(Public Mental Health)(注)の教育と研究を行っています。公衆衛生の精神保健では、公衆衛生学という知識・技術を用いて精神保健を実現します。このことは精神保健を、精神医学や心理学と異なった学術としています。特に精神保健学では、さまざまなイノベーションが進んでいます。精神疾患や精神健康の決定要因を広くライフコースおよび社会的決定要因の視点から解明する研究も進んでいます。精神疾患の未然防止(第一次予防)は不可能と考えられていましたが、その研究は近年急速に進んでいます。専門家が提供する治療だけでなく、地域や職場での心の健康づくりプログラムや、人の心の健康を支える地域や職場づくりの立案も精神保健の手法であることも認識されてきました。精神保健を、当事者や障がいを持つ人の視点から見直すことも重要と考えられるようになってきました。精神保健学は完成した学問ではなく、今、まさにいきいきと発展しています。新しい発展段階にある精神保健学に、才能と情熱を持つ人たちにぜひ関心を持ち参加して欲しいと期待しています。

(注)公衆衛生学(Public Healthとは):社会の組織的な取り組みによって、人々の健康や生活の質(quality of life)を維持・増進するための実践活動、並びにそのための知識・技術の総体のこと。

精神看護学について

精神看護学の領域は近年きわめて拡大しています。その対象には、精神疾患やこれにより障害を抱えた人だけでなく、精神的健康について援助を必要としているより広い範囲の人々に、個人の尊厳と権利を基本理念として、専門的知識と技術を用い、その人らしい生活ができるよう支援することが含まれています。また方法論としては、質的研究と量的研究(疫学研究)の双方、およびこれらを組み合わせた研究手法が活用されています。このため、精神看護学の研究テーマは多岐にわたります。例えば、精神健康に困難を有する人にとってのリカバリー、精神保健領域における健康の自己管理、糖尿病をはじめとした身体疾患や物質依存を有する人の精神健康、ピアサポート、精神疾患を有する人の地域生活支援(精神科訪問看護、地域での包括支援等)、隔離や拘束などの行動制限最小化、スティグマ、ソーシャルインクルージョン、災害精神保健看護などがあげられます。精神看護学分野のミッションは、精神看護学領域における疾病の克服および健康の増進に寄与する最先端研究を推進するとともに、この分野において卓越した学識と高度な独創的研究能力を有する国際的リーダーを養成することにあります。